「危ないからやめた方が良いよ」
「死にたくないなら家にいなさい」
脅されながら、少し不機嫌な気分で家を出た。福島に到着して一夜明け、今回も観光を楽しむため、車を走らせようと思う。福島のいろいろなところに行きたいが、今回は道に雪が積もっている。家の前にも明け方に除雪車が来た音がした。今回、行こうと思っているのは三島町だ。山の上からディーゼル鉄道が鉄橋を通過するという構図の風景写真を撮りたいと考えていた。
調べてみると奥会津はなかなか雪深い町だった。確かに、神奈川育ちで雪道運転には縁がなかった自分には少し危ない道のりになるかもしれない。それでもネットで見た雪化粧の中を走る電車の写真を自分のカメラで写真に収めたいという想いは収まらなかった。
雪道を南に向かう
家族の制止を振り切って家を出た。道路を見てもそこまで雪が積もっている感じはしない。そんなに大変なことではないだろうと安心して喜多方の市街地を出発した。しばらく田んぼに囲まれた道を軽快に進む。晴れてはいるが、遠くに見える山々はまだ頂上が雪に隠れていた。
磐越西線の線路を越えて、会津坂下の方へ向かう。農道ではあるがしっかりと除雪がされている。雪国では道路の中央から融雪用のお湯が出る仕組みになっていて、道路が水浸しになっているが心地悪いが、スリップの危険はない。関東の道を走るのと変わらない気持ちで車を走らせていたが、10分ほど走ると、ところどころに雪が残っている場所が出てきた。さすがに怖いのでスピードを落として走る。
阿賀川を越えたあたりから道路に残る雪が目立ち始めた。橋を越えてから少し進むと十字路にあたる。それほど大きくもない交差点なのだが、GoogleMapは右折しろと言っている。右折した先は今までの田園風景とは違い、山に向かって走るような景色だが、指示通り曲がってみる。右折したら、今度はすぐに左折する。すると左側に知る人ぞ知る、立木観音が保存されている恵隆寺が見えてきた。境内にはで店が並んでいる。おそらく初詣準備なのだろう。少し、車を止めてみてみようと思ったが新年の準備で忙しそうなので、また次の機会にお邪魔することにした。せっかく車を止めたので恵隆寺の向かいに生えていた柿木の写真を一枚だけ撮って、再び車を動かした。
奥会津に入る
すぐに右折して、住宅街の中を進む。雪かきをしている夫婦の横を徐行して通り抜け、道路わきに停車している車を避けながら進むと数100m先には大きな交差点が見える。ここで旧越後街道、国道49号線に入る。大きな道は除雪がしっかりとされていて走りやすい。だが、安心感のある国道49号とは早々に離れることになった。
磐越道会津坂下ICにつながる交差点で只見の方へ向かう、国道252号へと左折する。いよいよ、恐れていた雪国へ入るのだ。同じ福島県、会津地方とはいっても、若松や喜多方と柳津、只見ではまた雪の降り方が違ってくる。丁度このあたりで、雪の降り方が本格的になってきた。トランクにタイヤ用のチェーンは積んでいるが、もし立ち往生でもしてしまったらと考えると、前に進むのが怖くなる。
しかし、せっかくここまで来たのだからというもったいない精神と、ネットで見たあの写真を自分でも撮ってみたいという想いが先を急がせた。しばらく只見線に沿って道を進み、二つの駅を越えて、只見川沿いに南へ進む。この只見川だが、川なのだが流れが遅く、長い間水の流れが滞っているようで、何か薄気味悪い見た目だ。車の窓を開けて音を聞いているわけではないが、「静かだ」という感想がわいてくる。
そんな川を横目に走り続けると柳津町に入る。赤い陸橋がトレードマークだ。会津の民芸品として有名な「赤べこ」はこの町が発祥らしい。二つの陸橋を越え、さらに雪深い山道を進んでいくと郷戸という地名が出てくる。ものすごく単純なネーミングな地名だなと思いながら通り過ぎる。
いくつかトンネルをくぐるが、そのたびに雪が強まっている感じがする。あと数分で到着というところまで来ると、桧原スノーシェッドというトンネルのようなところをくぐる。右に行くと桧原というところへ行けるようだ。アーチをくぐると目的地の道の駅はもうすぐだ。左側に「お帰りなさい 奥会津 三島町」という看板がある。この道を通って、出かけ、帰ってくる人がいるのだ。山に暮らす人にとって、車は欠かせないものだろう。
「尾瀬街道みしま宿」
道の駅「尾瀬街道 みしま宿」という看板が見えたのはそこからすぐだった。トンネルを越えると右側に建物が見えてくる。そこが今回のドライブのゴールである道の駅だ。とりあえず、雪の積もった駐車場に慎重に車を止める。
撮りたい写真は確かにこの近くで撮れるはずだ。調べてみると、次の電車は1時間半近く後だということが分かった。時間をつぶす当ても見つからないので、なんとなく道の駅に入ってみる。お土産が並び、地元で採れた野菜なども売られている、どこにでもある道の駅だ。だが一つだけ、他の道の駅とは違うところがあった。「道の駅 尾瀬街道みしま宿」には二階がある。一日に数本の只見線が通るまでにはまだまだ時間があったので、一階の明るい雰囲気とは少し違う二階へと続く階段を上ってみた。階段を上り切る前、すでに和風の心地よいにおいが漂ってきた。階段を上がったそこには桐のタンスがたくさん並んでいる。
三島町は桐が有名だという。高級そうな桐タンスの値段を見てみると、七桁に迫る数字が当たり前のような顔をして並んでいる。これは自分で買えるようなものではない。将来、お嫁さんに嫁入り道具として持ってきてもらうしか、この先の人生で桐タンスをつかうことはなさそうだ。
桐タンスを一通り見終わった後はもう一度一回の民芸品コーナーに目をやる。ツル細工のかごなどがたくさん並んでいた。こちらは自分でも手が届きそうだ。そう思い値札を見ると思いのほか高価だった。考えてみれば一つ一つ手作りなのだ。機械工場で大量生産しているものとはわけが違う。
地域の人の暮らしの知恵と生き方に思いを巡らせながら、しばらく民芸品とにらめっこをして、道の駅を離れることにした。最後に職員の方に、写真スポットまでの行き方を聞いてみる。とても親切なその人は少しなまった話し方で、撮影スポットまで続く山道を教えてくれた。今日は冬季には行けないと聞いていたところにも行けるようだ。優しい会津人の職員さんにお礼を言い、道の駅の建物を出た。
まだ時間はあるが、一度撮影ポイントの下見のために山を登ることにした。道の駅の駐車場の中にある看板の指示に従って歩道を進むと山の斜面につながる遊歩道が見えてきた。しっかりと除雪されており、階段も整備されているのでそれほど過酷な道でもなさそうだった。
Bポイント、Cポイント、Dポイントの順番に山を登っていく。5分もかからずに一番高いDポイントまで行くことができた。所要時間の確認ができたので一度車に戻る。まだ電車の時間まで1時間はあった。念入りに電車の時間をもう一度調べ、天気予報を確認する。下見のために山を登ったころから雪が強く降り続けていた。今回撮影したい写真は雪景色の方が映えるのだが、さすがに灰色の雲の下ではきれいに写らない。少しでも雲が切れることを願うしかなかった。天気予報を見ても雲はないが目の前には大粒の雪が降っている。山の天気は読めないというのはこういうことだろう。
しばらくして、段々と写真目当てだろうと思われるひとが集まってきた。撮影スポットをとられてしまったらいやだなと思い、電車が通過する時刻の30分前には来る前を出て、再び山を登った。山の上にはカメラを持った人が10人程。写真好きのカップル、中国人観光客、ベテランの撮り鉄さんといったところだろうか。良い年した大人が集まって山の上から一点を眺めている光景はなんだかとてもおもしろかった。
瞬きもできないシャッターチャンス
遠くの方から目当ての電車が見えてきた。静かな雪山では、どこかの木から雪が崩れ落ちる音の奥に、遠くの鉄道の音もはっきりと聞こえてくる。だんだんとシャッターチャンスが近づいてくると近くにいた人も静かになる。遠くに見えていた車両が一度山に隠れ、再び出てきたところがシャッターチャンスだ。車両の先端部が木々の向こう側に見えたとたん、一斉にシャッター音が鳴る。自分も必死にシャッターを押した。遠くの川の上を走る列車はあっという間に見えなくなった。あたりは何とも言えない雰囲気に包まれる。何となく周りの人に合わせて、山を下りる。しっかりと撮れているか。それだけを考えながら山を下った。車に戻り、連写した写真を確認すると、自分としては納得のいく写真が残っていた。「雪道をここまで来たかいがあった」とほっとした。
雪道を喜多方へ
こういう時にこそ事故に気を付けなければならない。いい気になっているときに限って、不慮の事故に巻き込まれるものだ。いつもよりも慎重にアクセルを踏みながら来た道を戻る。雪の降る中で集中していたので、車の暖房にあたっているとすぐに眠たくなった。何とか耐えながら帰り道も雪道を運転する。喜多方に近づくにつれて、空から雲が消えていった。思い返せば、写真を撮る瞬間だけ雪が止み、空も明るくなっていた。今日は天気に味方された一日だった。家につく頃にはすっかり晴れていた。玄関を開け、2018年最後の日に、ずっとほしかった一枚が手に入ったという満足感とともに、こたつにもぐりこんだ。
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