【被災地訪問】先輩と行った福島の浜通り

さくらプロジェクト

国道6号線

ワンダーファームを出発

一日目、15:00くらいにいわきのワンダーファームを出た僕たちはそのまま沿岸部を北上して福島を目指した。この旅はメインがワンダーファームで震災に関する話を聞くことで、もう一つの目的が国道6号線を通ることだった。



国道6号線東京を出発し、千葉県、茨城県を通り、福島県の浜通りを通過して宮城県の仙台まで続いている国道だ。東京から見ていわきを通り過ぎて少ししたところ、富岡町に差し掛かかるところには原発事故で有名になった福島第一原発がある。

あの事故から帰還困難区域となった町村の間を通り抜けるのが国道6号線なのだ。


僕は今年(2017年)の3月に一度国道6号線を通っている。先輩にそのことを話したら、是非この目で見たいということなので今回こうして一緒に福島まで来たのだ。

時が止まった「R6」

6号線の左右はやはり物悲しい風景が続く。間違いなく人が住んでいたのに、雑草に覆われて、荒れ果てている。まるで人間が一瞬にして消されてしまったかのようだ。

自然と車内の会話は少なくなった。こんなことを言うと不謹慎かもしれないが、「この景色をしっかりと目に焼き付けないといけない」と思った。先輩も時折カメラを向けてその景色を記録していた。

実はこの日、本当は相馬市まで行こうということになっていたのだが、ホテルの時間がギリギリだったこともあり、浜通りの北部を見るのは二日目に回すことになった。途中で内陸に折れ、県庁所在地の福島へと向かった。

【震災から6年】たまたま会った町の方に津波の話を聞いてきた。
以前、1人で相馬の集落で偶然地域の方の話を聞けたときの動画です。

福島駅の餃子

福島駅周辺についた時には辺りはもうすでに暗くなっていた。ホテルと提携している駐車場に車を停めて荷物を置くと、すぐに晩御飯を食べるために駅の方へ歩いた。

福島は福島県の県庁所在地だ。新幹線の停車駅でもあり、郡山駅と並んでとても栄えている。

だが、栄えているとはいっても東京と比べるとたかが知れている。金曜の夜にもかかわらず、人の数はたいして多くなかったと思う。

駅の周辺を歩きながらお店を探しているとすぐに入れそうな中華料理屋を見つけた。知っている人は少ないかもしれないが、福島餃子が有名なのだ。宇都宮ほどではないが味も推せる。一番特徴的なのはその形だ。

一般的に飲食店の餃子は縦長のグリラーで焼かれるため5、6個の餃子が縦に並んで出てくる。だが、福島の餃子は違う。家庭で出されるように、円盤状になって出てくるのだ。あまり外で餃子を食べないという人はあまり驚かないかもしれないが、お店で見るとその面白さに気付くだろう。



先輩のおごりで餃子を食べた後は、また少し散歩してホテルに戻った。帰ってきて思ったが、もう少し外で遊べばよかった。まじめな活動を通じてであった先輩との行動だったのであまりそういう気にはならなかったのかもしれない。

2日目

新幹線の振動で起きる朝

部屋に戻り、好きな音楽を聴きながら今回の旅の事を文字に起こした。

だが、そんなにやることもなく、気が付いたらすぐに寝てしまっていた。


翌朝は意外とギリギリまで目が覚めなかった。ロビーでの集合時間まで時間がない。遠くに聞こえる新幹線の音を聞きながら慌てて出発の準備をし、ホテルの部屋を出た。

予定変更

二日目は一度相馬の方まで行き、国道6号線を通って神奈川に帰る予定だったのだが、先輩の一言で予定は大きく変わった。

やっぱりちょっと怖くなったから内陸から帰ろう

そういえば、昨日餃子を食べた店で隣に座っていた人が甲状腺がんについて話していた。たしかに、興味本位で行くところではなかったのかもしれない。

身体の影響が100%ないのかと言われれば自信はない。先輩が怖くなるのも無理はないか。


結局、すぐに東北道に乗り、あっという間に東京まで帰ってきた。帰り道の会話はあまり覚えていない。

だが、そこまで会話がなかったことは覚えている。先輩は予定変更したことに申し訳なさを感じていたのかもしれないが、僕も興味本位で帰還困難区域に誘ってしまったことに罪悪感と申し訳なさを感じていた。


国道246号線に入ったときにはかなりの強さの雨が降っていた。弾丸の旅だったが、またものすごく心が動いた旅だった。

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