【日本昔ばなし】悲しい…「とうせん坊」

東北学

「読後感」という言葉を使うことはあるだろうか。僕は割とよく使う。読んだ後の後味を言い表すときに、「読後感が良くない」などと言うことがある。

最近では『フォルトゥナの瞳』という映画化が決まっている百田尚樹氏の小説を読んだ時、身近な人に「すごくおもしろかったけど、読後感があまり良くないなー」なんて話をした。

たいていの場合は、人間の持つ暗い部分、それも自分の中にもあるのに今まで自覚していなかったような部分を、物語によって目の当たりにさせれたときに、何かもやもやするような感想を持つことが多い。

今回は小説ではないが、読後感が最悪だった作品を紹介しようと思う。

ふと見つけた『日本昔ばなし』

ある日、なんとなく『まんが日本昔ばなし』を見返していたら、「とうせんぼう」という話を見つけた。

まんが日本昔ばなし〜データベース~ というサイトにあらすじが載っていたのでここではそれを引用させてもらう。


あらすじ
昔、一本足の高下駄を履き、松明を持ったとうせん坊という大男が村を暴れ回っていた。
彼が物心付いた時すでに両親は無く、北上川上流の小さな寺に預けられていたが、大柄で頭が足りなかったので和尚や坊さんや子供達に「うすのろ」「でくの坊」等と苛められて育った。そんな連中を見返してやりたいと思ったとうせん坊は、観音堂にこもって祈り続けた。満願の日、観音様が差し出した手まりを食べた彼は百人力を授かった。
早速村の奉納相撲に参加したが、気付いた時には有り余る怪力で対戦相手を次々と殴り殺してしまっていた。今度は「人殺し」と罵られ、彼は山に一人引きこもった。しかし村の若者達が住処を見つけ、彼の留守中に仕返しとばかりに鍋に糞をして帰っていった。帰宅後これを知った時から、とうせん坊は暴れ者と化した。村に来ては家に火を付け、家畜を絞め殺し、村の花見の時も大人子供関係無く、怪力で殴り殺して回った。
やがて彼は村を出て、越前の「東尋坊」と言う岬に来た。ここの眺めが気に入った彼は、そこで宴会をしている優しそうな村人達に酒を勧められた。久方ぶりに人の優しさに触れた彼は酒に酔い、夢の中で母親の子守唄を聞いていた。
しかし気付いた時彼は縄で縛られ、村人達に担ぎ上げられ崖へと運ばれていく所だった。彼の涙も「おっかあ・・・」と言う呟きも、みんな彼ごと崖下に消えていった。この事があってから東尋坊で吹く強風は「とうせん坊」と呼ばれ、恐れられる様になった。とうせん坊の怨念は、今も海上で吹き荒れている。
(投稿者:綺羅津、引用/まんが日本昔ばなし大辞典


まんが日本昔ばなし〜データベース〜

本当に怖いのは人間だ

とうせん坊はどうして周囲の人間から嫌われたのか。これは物語を見ている限りではわからない。障害があったののだろうか。いろいろなことが考えられるが、思うことは主に二つだ。

一つは、現代にも通ずること。

何処かひねくれていたり、少し言動が人と変わっていたり。
そんな学校などの集団の中で孤立してしまうような人は、生まれてから周囲の人に育てられる環境に何かしらの問題があることが多いだろう。

人がまっすぐ育つにはそれなりの愛が必要なのだ。幼少期の「自分は愛されている」という実感が自己肯定感をはぐくむ。この過程がないといつまでも自分に自信を持てない人生になってしまう。近親者からの無償の愛は、空気・水以上に人間に必要なものなのだ。

もう一つは、人間の恐ろしさについてだ。

日本昔ばなしの「とうせんぼう」は、いきなり大男が町に火をつけながら走り回り、人や馬を殺す描写から始まる。その後のシーンでとうせんぼうがどうしてこのようになってしまったのかが明らかになるわけだ。

冒頭からいきなり恐ろしいシーンから始まるのだが、その怖さはいわゆる怪談話とは異質の怖さだ。それはお化け的な怖さではない。人間的な怖さだ。異世界の出来事のようで、非常に身近な問題にも感じられる。どこかリアルな怖さなのだ。

人間は他の多くの生物にはない感情を持って生まれた生き物だ。この感情のおかげでカラフルで有機的な日常を過ごせている。しかし、時にこの感情が人間を狂わせることがある。怒りを通り越した妬み・恨みの感情は特に恐ろしい。

「とうせんぼう」の恐ろしさはこういった人間の感情による恐ろしさだ。幼い頃に育った寺でのつらい日々や、その後の人々から避けられる生活の中で、人間という存在に対する憎悪の念が膨れ上がったのだろう。

その憎悪の念は、
ある日、人を避けるように暮らしていた山の中の洞窟を留守中に荒らされるといういたずらで爆発する。自分の留守中に鍋の中に糞をされたのだ。考えるだけでも残酷ないたずらだろう。

最終的に、とうせんぼうはやっと分かり合えたと思えた人々に騙されて、手足を縄でくくられたまま岩手県の海に投げ捨てられる。『まんが日本昔ばなし』でも、とうせんぼうが落ちていくときの顔は悔しさで満ち溢れた表情に描かれている。



楽しく酒を酌み交わした人に、起きたら手足を縛られて、抵抗できずに海に落ちていくそのわずかな時間、人はどのようなことを思うだろうか。考えるだけでも恐ろしい話だ。

とうせんぼうの呪いは毎年時期になると突風となって人々を襲うという伝承になっているという。

いくつかある「とうせん坊」的な伝承

調べてみると、怪力を持った男が海辺で殺されて、怨霊から御霊になるというストーリーの民話は日本中にいくつかあるらしい。僕が今回調べた中では福井県と岩手県山田町の話が見つかった。日本の各地に伝わる民間伝承にはいくつかの型がある。「とうせん坊」もそのうちの一つだろう。

今後は、他の話との共通点・相違点を探しながら読み比べるとまた面白いかもしれない。また、実際にその土地で地名などを頼りにとうせんぼうがこもった山や買い物をした町なども探すともっと面白い旅ができるだろう。

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