合コンなどで初対面の人に自己紹介するとき、「好きなアーティスト」を発表させられるシーンがよくある。すごく頻繁にあるというわけではないが、割と印象に残っている僕の苦手な場面だ。好きなアーティスト、そんなものは存在しない。まあ、よく聞くアーティストはいるっちゃいるけど、アルバムにしかないマイナーな曲とかは知らないし、もちろんライブにも行ったことがない。こんな感じだからアーティスト名を挙げることがはばかられるのだ。
そんな僕でも、しいて言うなら、好きなアーティストには山猿を挙げるだろう。山猿はもともとは LGMonkees という名前で活動していたアーティストで、少し前に山猿に改称して活動している。
妙にリアルで素直に聞ける曲
山猿にはいい曲がたくさんある。メロディーも好きなのだが、歌詞がめちゃめちゃいい。飾り気のない言葉選びで、聞く人の心に直接入り込むような歌詞になている。
会津若松出身というのは後から知った。それを知っていたらもっとのめり込んでいたと思うが、僕は中学生の頃から何となく、当時のLGMonkeesの曲を聴いていた。
「180°」「カジカ」「3090〜愛のうた〜」など、有名な曲もたくさんあるが僕が好きなのは「DREAMER」と「ふるさと」だ。今回は「ふるさと」について詳しく紹介したいと思う。
ふと田舎に帰りたくなる歌詞
朝からよくクッチャべるカラス達に起こされて
LGMonkees 「ふるさと」
捻くれた一日からのスタート
期待はしてない したってどうせ変わらない
欲を言えばきりがないし疲れちゃうだけだし
月 火 水 木 金 土 日
三日前の月曜が昨日の事のように思い出す
思い出すのはいつも故郷のサビたブランコ
必死に必死にこいだ夢中で
小さな泥だらけのスニーカーで
走り回ってた気が済むまで
喉が渇けば公園の蛇口ひねって
春夏秋冬過ぎ行く今も明日も明後日もやなさっても
背中押してくれた故郷の声
思い出す都会の中で一人で
So
今週は田舎に帰ろう なんとなく帰ろう
帰る理由はなんだっていい
ただいまって言える相手がそこには居て
おかえりっていつも待ってくれてる
あの人や、家族や、あいつらに会って
都会での自慢話をしよう
まだ焦ることはないって
昔教えてくれた大人たちの意見に
何言われても出す答えはNo
もっと信じてよボクの事って
親の愛情怒鳴って返した
シコリ残したまま家飛び出してた
行き先は東京
あこがれと期待抱いたまま上京した
でも周りのスピードについてけない
まわりの大人達は答えない
自分で自分の限界を知った
人が見てないところで今日もしゃがんだ
久しぶりに送ったメール 地元のあいつらに
俺こんなんでいいのか?
すぐ送り返してきた返事
そんなんじゃダセーの一言だった
涙が溢れ出した
今週は田舎に帰ろう なんとなく帰ろう
帰る理由はなんだっていい
離れてみて気付いた
感謝しきれないって
今までは近すぎて見えなくて
ありがとなんて言い慣れてないし
なんか照れくさくて
この臆病な都会の空で悩んでる事さえバカらしくて
またせわしない都会に飲み込まれてるフリをしたいだけ
怠けてぼやけた視界なら手伝ってもらえばちゃんと見えるから
このまま逃げたら格好つかねって
目をつぶればいつだって
思い出せる景色あの町の匂い
モノクロに映る記憶のページ
たどって行けば俺も始まりは赤ん坊で
親戚のおっちゃんにおばちゃん元気ですか?
近所の口うるせーおっちゃん
俺がまだ小さい頃沢山の大人が抱いてくれたと聞きました
夏には花火 近所でお祭り
神輿かついだらおきまりのハッピ
神社裏で火遊び 夜遊び
俺はこの町から沢山学んでた
人が困ってたら助けろ
見てみぬフリする大人にはなるな
俺の大好きだったばあちゃん昔、そう教えてくれた
近くにありすぎて飽きてた物も
離れてみたら急に欲しくなった
『また来年もこの街に会いにくるよ』
なにも感じなかったはずなのに
なくなった途端に気付き焦って
『未練たらしく叫ぶ ありがとな故郷』
今週は田舎に帰ろう なんとなく帰ろう
帰る理由はなんだっていい
ただいまって言える相手がそこには居て
おかえりっていつも待ってくれてる
あの人や、家族や、あいつらに会って
都会での自慢話をしよう
山猿は歌詞の9割は実体験だというようなことを話している。青年期に上京し東京でサラリーマンとして二年ほど働いたらしいので、この「ふるさと」はその頃のことを書いた歌なのだろう。
自分は関東生まれ関東育ちなのでふるさとを出て東京に出るという気持ちはわからない。それなのに、なんとなく共感できるような気がしてくるのがこの歌詞のすごいところだ。
個人的に気に入っているのは
近くにありすぎて飽きてた物も
離れてみたら急に欲しくなった
『また来年もこの街に会いにくるよ』
なにも感じなかったはずなのに
なくなった途端に気付き焦って
『未練たらしく叫ぶ ありがとな故郷』
というところだ。普段自分の住んでる地元の魅力なんてそういくつも語れないだろう。本当に大切なものは離れてみて初めて実感するものなのだ。自分が東北二ばかり魅力を感じるのも、離れてみているからなのか。もしかしたら自分の地元にも同じように素晴らしいところがたくさんあるかもしれない。
この歌を聴いていると
帰る場所があるというのは幸せなことだ
と改めて思う。当たり前すぎて考えたこともないが、自分の帰る場所がない生活なんて不安で仕方がないだろう。最近は改めて自分を育ててくれた親のありがたみを感じる。
あと何年かしたら自分も誰かの帰る場所になっているのかもしれない。そう考えるとまた不安で仕方がなくなってくる。
山猿の歌詞は本当にリアルだから心にすっと入ってくる。まるで自分のことを歌っているかのような感覚に陥るのだ。だから、ついつい自分に当てはめていろいろなことを考えてしまう。これが山猿が人気の理由だろう。このように共感した人々が山猿ファミリーと呼ばれる熱狂的なファンとなっている。
故郷ではないのに「帰りたい」と思える
今回紹介した「ふるさと」は聞くと思わず東北に帰りたくなる曲だ。僕の場合は東北に「帰る」とは言わないかもしれない。それでも「東北に帰りたい」と思ってしまう不思議な曲だ。故郷ではないけど帰りたくなる場所、それが日本の東北地方の持つ不思議な空気だと思う。それが東北的な何かなのだがその正体はよくわからない。
おそらく僕以外の人でも、山猿のふるさとを聞けば東北に帰りたくなるはずだ。東北が帰る場所の人も、そうでない人も、少し疲れた時にはぜひこの曲を聞いてもらいたい。
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