東北学 【卒論】「天明・天保飢饉における民衆の対応」(6/6)
前の記事終章地逃げは、本稿で見た天明三・四年、天保四・五年の飢饉に限らず、近世の東北では飢饉の際によく見られる現象であった。碇ヶ関に残る史料(名称不明)には、天保八年の際の地逃げについての記録も残っている。天保八(一八三七)年の正月には秋田...
東北学
東北学
東北学
東北学
東北学
東北学