ハクモクレンかコブシか。

文学

仕事柄、日本全国の入試問題を見る生活をしている。

今回は、東京都の高校入試問題の出典もとになっていた、三浦哲郎の『燈火』の一部分を紹介したい。

三浦哲郎について

三浦哲郎は青森県出身の作家である。多くの人は、中学校の国語の教科書に収録されている作品で知っているのではないだろうか。

えんびフライ で覚えた人も多いだろうか、「盆土産」の作者だ。



「盆土産」は出稼ぎに出ている父が盆の土産にエビフライの冷凍食品を買ってくると言う話だ。三浦哲郎の作品を読むと、昔の田舎の情景が目の前に広がる。

そして、その東北の田舎の風景をよりリアルにするのが、三浦の母いと―おふくろの存在だ

今回、東京都の入試問題になっていた『燈火』の一部分も、馬淵(三浦を模した人物と思われる)の母の存在感が際立っている。

あらすじ

馬淵は、たまたま残っていたカセットテープに録音されていた、亡くなった母と娘との会話について、家族と話している。娘は、祖母との会話は十年前の春のことではないか、と言った。

馬淵の母は、何十日かに一度、生気を失うことがある。それは持病である心臓の病とは関係がなく、東京にいる馬淵の娘たち、すなわち孫の顔が見たくなる時だ。

青森で母と暮らしている馬淵の姉から連絡が来て、馬淵の妻が旅費を送る。そうすると、青森の土産を持って、長旅をしてくるのがいつもの流れであった。

しかし、母は一緒に暮らしている目の不自由な姉のことが心配でせっかく東京にやってきたのに、すぐに帰ってしまうのだ。いつも別れるのがつらいからと、孫のいない時間に東京を出るのだという。

そんな馬淵の母は、やがて高齢になると、青森の冬を越すのが難しくなってくる。そのため、正月の末から三月まで東京の馬淵の家で過ごすのが普通になった。

三月になると、母が青森に帰る日をいつにするのか、毎年みんなで気を揉んだ。娘はカセットテープの録音の中で花の数を数えていたという。

馬淵の母は、いつも馬淵の家の庭に咲く白木蓮の花が咲いた個数で買える日を決めようとしていた。母にとって、白木蓮は青森に帰る日が近づいている証なのだ。

十五咲いたら帰ろうか。そんなことを言った次の日には、もう十五咲いていたりする。白木蓮の花は盛りになると、一日に十咲いたりするのだ。そうなると、心の準備ができていないと言って、また帰郷の日は延期になる。

馬淵の母が眺めていた花は白木蓮で間違いないのだが、本人は田打ち桜だと言っている。田打ちとは、耕作しやすいように田んぼの土を掘り返す作業のことで、その時期に咲く花が田打ち桜だ。

そのため、地域によって田打ちの時期が違うため、山桜だったり糸桜だったり、田打ち桜も違う。郷里の青森では田打ち桜は辛夷の花なのだ。

母は、馬淵の家の庭の白木蓮の花を田打ち桜、辛夷と勘違いしているわけだ。

そして、ある温かい冬、母はこれなら青森で冬を越せると言い、結果として病をこじらせてしまった。県立病院に入って闘病生活が五年続くことになる。

馬淵は寝る時間を削ってふと月に一度、青森に会いに行っていた。そんな生活が続いた五年目、母の最後の年の春、馬淵は青森の病院を訪ねる。

すると、母は、自由の利く右腕を馬淵の首に巻き付け、顔を引き寄せて「お前方の田打ち桜は、はあ、咲いたかえ?」と囁く。

馬淵はぼちぼち咲き始めたと答え、出がけに庭の白木蓮を折って来なかったことを後悔したが、それはもう後の祭りだった。

白木蓮と辛夷

ざっくりとしたあらすじを紹介したが、機会があれば是非、三浦哲郎の原文で読んでいただきたい。

さて、ハクモクレンとコブシの花はそれほどに似ているのか。実際に写真を見比べてみると、結構似ている。

満開のハクモクレンの花       モクレン – Wikipedia


こちらはコブシの花    コブシ – Wikipedia



それにしても、なぜかすごく悲しい木に見えるのは僕だけだろうか。

アニメの演出でも死期が近づいている場面で、満開のモクレンの花が一輪落ちる場面を見たことがある。

おそらくこの『燈火』を読むことがなくても、モクレンは悲しい花だというインプットが自分の中にあるのだろう。

木蓮の涙

「木蘭の涙」という歌がある。これも死んでしまった大切な人を想った歌だ。

日本人にとってモクレンとは、命の比喩なのか。大きな花が地面に落ちるのが死を連想させるのか。

もしかしたら古典文学にも似たような表現があったりするのか。色々と考えさせられる。

木蓮の涙は好きな曲だが、いつか泣きながら聞くときが来ることを思うと、胸の奥が苦しくなる。

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